ロキと自己分析
僕はロキのドラマシリーズをずいぶん楽しんで見たのだけど、インターネットを見てるといまいち評判が芳しくなく、アルェエ〜〜〜〜???と首を捻りながらすこし考えた。
ドラマ "ロキ" シーズン1のミッションは、明らかにMCUのマルチバース化だった。
それを踏まえると、このドラマは#5でその役割を終えていて、#6は全編がポストクレジットシーンのようなものだったのではないか。正確には#5と#6の間に公開されたWhat if...?トレーラーも重要で、#5 アライオスをクリア→What if...?の流れでMCUマルチバース化がある程度決定づけられ、観客へのおしらせ機能が果たされたので、次ぐ#6では次(ドクターストレンジ2?)への橋渡しに目的が移行してしまった。
通常ポストクレジットシーンでは、新しい物語への仄めかしはあるが当然核心へは迫らない。目的はあくまでファンサービスや橋渡しであって、そこは本編ではないから。なので、#6に至ってすべてのピースがカチッと嵌って大団円!を期待していた人が物足りなく思うのは当然でしょう。
で、僕がなぜそんな展開を楽しめたのかというと、MCUの作品群とその展開をお祭りだと考えているからだというのが大きそう。正直、あまり他の映像作品と同じものとしては捉えていないぽい。コミックにもともと存在するキャラクターらを再配置していくパズルのような作業をこなしながら、お祭り進行のために与えられたミッションも達成した、というところで既にヤッター!と喜んじゃっている。
<物語の構造>と<作品に与えられた役割>、<作品のもつ事情>をいったりきたりしながら都合よく評価して楽しむので、鑑賞する態度としてはいまいち不真面目かもなという気もする。
あと僕は、「部屋での会話で全世界の運命が変わる」という展開もとても好ましく思った。
"ロキ" は室内セット撮りが多い作品だった。流行り病の蔓延という事情もあるかもしれない。そんな制限された環境で、部屋の外に広がる大きいお話を感じさせてくれるっていうのが楽しいじゃない。これもちょっと、事情を勘案した上のジャッジで、物語そのものを見ていないからどうなんだろってところはあるけど。
まあ、楽しいからいいです。
ロキ#6と[Spoiler]
ロキ見終えた。すべてがかったるくて何もやりたくなくなる水曜の気分を、毎週しっかり盛り上げてくれてありがとうございました。以下すごくネタバレをします。
"在り続ける者" を殺しマルチバースを解放するか、神聖時間軸の新たな統治者となるかの選択を迫られるロキとシルヴィ。"在り続ける者" は管理・剪定の名の下に多くの命を奪ってきた黒幕。しかしその独裁を排除すれば、ユニバース間での争いが生じ混沌に向かうことは必至。今作を通じて成長したロキがむやみな混沌を好むはずもなく、しかし "管理のため自由意志を抑え込む" というのもロキが乗り越えたかつての思想そのものであり、そりゃ悩むよね〜〜〜というところ。そこをエイヤと突き進んでしまうのがヴァリアントたるシルヴィであったのは良かった。
MCUの流れとしても、混乱のまま次のフェイズに移行できたわけで。今後のMCUにおけるマルチバース展開では "ユニバース間の争い" が起こっていくだろうけど、それらが熟考の末に許容された未来であってほしくはないもんね。
なんにも収集つかずににエンディングを迎えて戸惑っているところでポストクレジットでシーズン2予告。これまでのマーベルDisney+はすべてリミテッドシリーズだったし完全に虚を突かれた。裏切りの神にしてやられちゃったな〜というかんじ。
理不尽に慣れる
いわゆる”クズ芸人” ジャンルの人。最近すこし流行っているように見える。
その系統のおわらいさんが、おもしろおかしく「ギャンブルは人生に役立つ、ギャンブルをすると理不尽に慣れることができる」と主張する。一理あると思う。儲かるかも知れない可能性に賭けて、こちらの頑張りではどうしようもない要素=運による理不尽な負けを、自分の選択の結果だからと引き受ける。ギャンブルをやったことのない僕のような人間には未だわからない境地で、素直に感心する。
それによって負った借金も、”クズ芸人” の人は笑いの種にする。お金を無心した時点で、理不尽は自分の身体をはみ出して、他人にまで及んでしまう。そりゃちょっと話が違うんじゃないのと思う。せめて自分の身体で理不尽を受け止めきってくれなきゃおもしろがれないな。
よそ行きの腕時計
リモートワークの期間があまりにも長くなって、とっくに気を抜いている。
起き抜けにPCの前に座ればそのまま業務開始、一日中Tシャツに短パンで過ごす。お昼休みはごはんを買いにコンビニまで。厄介なことがひとつ。住んでいるのが割と栄えているところで、おしゃれに着飾った若者やパリッとしたビジネスの人たちでいつも溢れている。
こちらは部屋着丸出しのTシャツ短パン姿。着替えればいい話ではあるけれども、せっかく家にいてノーストレスで仕事ができる環境であるというのに、たかがお昼休みのためだけにちゃんとしたくはない。
左腕に時計をつける。蛍光イエローの派手な時計。あきらかによそ行きである。本当に部屋着のまま出てきた人間であれば、こんな時計は身につけない。そう、僕はこの時計を通じて「あえてラフな格好をしているんですよ」というアピールをしている。こんな時計をしているやつが部屋着で出てくるわけがないのだから、きっと何か意図がある。そう思ってもらう。派手な時計さえしていれば、おしゃれめな街でも部屋着でなんとかなる。
実際は多分なんともなっていないのだけど、それは重要ではない。外に出るその瞬間だけ「なんとかなる」と思い込めれば、出ちゃった後はもうそのテイで動くしかないから。今日のお昼も派手な時計に勇気をもらって、ドアを開ける。
青汁とヘアブラシ
青汁を毎日飲んでいる。とにかくまずいと評判のブランドだけど、その味が苦ではない。適当に水で溶いて飲んでいる。
前日にシチューを作った残りの牛乳があったので、気まぐれにそれで溶いて飲んでみた。おいしい。「苦ではない」から一段上がる先があったことに驚いた。
一般的な男性会社員よりは少し、髪が長い。もう15年ほど「ちょい長め」をやっている。ずっと手櫛でじゅうぶんだと思っていたから、ヘアブラシは使ったことがなかった。気が向いて、使ってみた。「じゅうぶん」よりも一段先があることに驚いた。
足りてる気がしているけど良くする余地を残してるもの、まだたくさんあるんだろうな。それに気づくのが幸せなのか、そのまま知らずにいるのがいいのかはわからない。